2011年09月14日

掟破り

2011091307440000.jpg遠野まごころネットでは、ボランティアのテント泊を禁じています。
4月に岩手にやってきたときから僕は、『まごころ寮』『体育館』『まごころ寮』『遠野駅前寮』とずっと宿泊施設に恵まれてきました。

この1ヶ月は、かけはし広場にテントを張って寝泊まりしています。
相変わらずのルール違反の突っ走りですが、早朝から病院に行かれる方の送り迎えがあるので、遠野を引き払って常駐することを選びました。

そんなテント生活も、どうやら今日で終わりそうです。
吉里吉里地区にある素敵な一軒家をお借りすることができそうです。

朝も寒くなってきたし、銭湯とコインランドリーのために、釜石まで40kmも走ることにもそろそろ疲れてきたところでした。

今度の家には10部屋もありますので、臼澤館長の執務室も確保できます。
毎朝のチームのバタバタ状態を、かけはし広場でさらけ出してしまうこともなくなるでしょう。
まごころネットの大槌町での拠点となって、さらに人々のお役に立てるようになりたいと思います。

いつもいつも、望むものが与えられてきます。
感謝です。

軽薄師匠、お借りしたテント快適でした。
いつかまた、福岡でキャンプして遊びたいですね。


posted by 芋爺 at 07:25 | Comment(3) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月12日

遠野まごころネット大槌生活支援チーム

2011091109180000.jpgブログ更新からすっかり逃げていました。
ご心配をおかけしていた皆様には大変申し訳ありませんでした。

カラスさん、浅川さん、キャンドルライツ基金への毎月のご支援、本当に有難うございます。
盛岡アレルギーっ子サークル・ミルク様、感謝して用いさせていただきます。


ここ岩手では、すべての避難所が閉鎖され、多くの方が仮設住宅での生活を始められました。
僕が担当している大槌町では、2100戸、およそ6000人の方々が不便な暮らしをされておられます。

この2ヶ月間は、かけはし広場の運営というよりも、一人で仮設廻りの御用聞きを重ねてきました。
2週間前からは、生活支援チームと名付けたスペシャルチームでの活動を始めています。
お住いの方々の実情を把握する調査班と、ひとつひとつのお困りごとに対応する実行班によって構成されています。

調査すればするほど、お支えが必要な方々が浮かび上がってきますし、お困りごとを書いたカードも増える一方です。

仮設住宅の入居者の平均年齢が64歳とも言われています。
ほとんどの仮設住宅が一日に4便しかバスの通らない場所に建てられています。
砂利道を30分も歩かなければ、バス停までたどり着きません。
街にはコンビニが1軒と仮設のスーパーが1軒あるだけです。
車をお持ちでないご老人も多く、買い物、病院への移動などに疲れきっておられます。

お隣付き合いも、まだまだ始まってはいないようですし、集会所や談話室の利用も制限が多いと聞きます。

神戸の震災では、仮設住宅でおよそ600人の自殺者を出したと言われています。
*死者*772人 *行方不明者*952人の大槌町でも、絶望や孤独、深い悲しみを感じておられる方も多いのは間違いありません。

自分のやっていることが、大して役に立たないことは重々承知していますが、もう少し続けていこうと思っています。

先月の11日午後2時46分に黙祷している時、「俺たちが残していった爺ちゃん婆ちゃんの事、頼みます。」という声が聞こえたような気がしました。いや、聞こえました。
今日も聞こえるかと耳を澄ませましたが、聞こえませんでした。

何かがずれているのかも......。
答えの見えない毎日です。


posted by 芋爺 at 01:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月12日

広場での活動に復帰しています。

先週の月曜日、洗濯。

火曜日、水曜日、木曜日、金曜日と瓦礫。

金曜夜に館長命令が出て、土曜日から広場へと復帰しています。


かけはし広場には続々と厨房設備、用品が届き、あらためて支援の輪の力強さを感じています。


冷蔵庫、冷凍庫、ガスレンジ、業務用五徳、炊飯器、保温ジャー、鍋セット、などなど、僕が一人で揃えようとしたら気が遠くなるようなものが、どんどん集まってきます。

感謝です。


日曜日には第一回大槌町復興円卓会議と銘打って、まごころ広場で青空タウンミーティングが行われました。

そのさなか結構な揺れの地震が起こり、しばらくすると避難勧告の放送が流れました。


まごころ広場はそこそこの高台に位置していますので、会議はそのまま続行されましたが、僕は念のためかけはし広場へと移動しました。


途中、サイレンを鳴らしながら避難を呼びかける消防自動車とすれ違い、離合できない橋の狭さに焦りながら、なんとかかけはし広場へとたどりつき、ボラさん2名と独り住まいのおばあちゃんお一人を乗せ上流方面へと避難しました。


パニックにこそ陥らなかったけれど、正直とても怖かったです。


町に復興の力がついたら、大槌川、小鎚川流域に架かる橋の拡幅工事(増設工事)をぜひお願いしたいです。


車に乗せたおばあちゃんは、3月の時には二日間外で過ごしたとおっしゃっていました。

思い出して震えておられました。


支えが必要な方は、まだまだまだまだおられます。


4月の11日にこちらについて、3ヶ月が過ぎました。

色々な事がありました。

毎日毎日、学ばさせていただいています。


残りの3ヶ月でも色々な事が起こるでしょう。

すこしでも良き奉公人でいられますように。


posted by 芋爺 at 12:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

泥の中

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瓦礫撤去作業の列に並び、二日間働きました。
釜石市のはずれにある箱崎地区での作業です。

道路脇の側溝が土砂と瓦礫で埋もれているので、人力による撤去清掃活動です。
20人のボラさんによる作業でしたが、二日間で10mきれいにするのがやっとでした。

コンクリートの蓋をはずすのに一苦労。
スコップと一輪車で黙々と.....。

蓋がはずせない5mほどのトンネル状の何箇所かでは、一番おチビの俺の出番です。
泥の中を匍匐前進で進みながら掻き出しました。
やっぱ、俺ってこんなギリギリが好きみたいで、全身泥だらけになっても、どこか楽しんでいました。
まわりのみんなからは、自分だけ張り切ってと思われたかなぁ?


この一本の側溝の清掃作業が済んだとしても、全体から見れば一千万分の一にもならないと思います。
それでもいいんです。

『ひとつ拾えばひとつだけきれいになる。』

鍵山相談役のお言葉が、俺を力づけてくださいます。



広場事業担当という肩書き付きの名刺まで作っていただいておきながら、勝手に一時離脱を決め込んで、『小学生並み』だとか言われたりもしています。
ずっと応援していただいている、小谷さん、大澤さん、さわやか福祉財団の皆様、枝元先生、多田副代表、他多くのの方々には呆れられてるかもしれません。
何より申し訳ないのは、臼澤館長、越田さんはじめ、広場つくりを一緒にやってくださっている大槌の方々に対してです。

ボランティアのチームリーダーとしての資質に欠けている事は自分でも解っていますが、今は被災された方々の事、依存症の問題、弱者支援の事だけを考えて、現実に何をどうやるのが正解なのかを探るのがやっとです。

ひとり突っ走るという事でチームがうまく行かないというのならば、今は走るのをやめて新メンバーへの移行を待とうとしている訳ですが、それはやっぱり『逃げ』なんでしょうかねぇ。

解決策としては、不満をもっているボラさんたちの要望を呑む事ですが、彼らの不満は「私はこうしてもらうのが気持ちいい」レベルのものだとしか思えないのです。
組織にしても個人にしても、『自分勝手ボランティア活動』には辟易としているので、今は相手にしたくないというのが本音です。
ん〜 、もしかすると今の俺こそが『自分勝手ボランティア』なのかもしれませんね。

昨日は越田さんから、先ほどは臼澤館長からお電話をいただきました。
『必ず戻ります。戻らせてください。』とは言いましたが、『明日は広場で働きます。』とは言えませんでした。

『素直と勇気』の心構え、雀鬼流Tシャツが泣いているかもしれません。
泣いてはいないかもしれません。

明日もう一日、泥の中を匍匐前進しながらエネルギーを蓄えます。


posted by 芋爺 at 23:56 | Comment(6) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

キャンドルライツ基金

アサカワ コンサルティング様
イノ カズヒト様

お振込、ありがとうございます。


キャンドルライツ基金
http://imog.seesaa.net/article/202217604.html

一月半前に書いた募金のお願いに対して、多くの方にご賛同いただきました。

明日からしばらくの間、瓦礫撤去などの肉体作業について、精神の安定を取り戻すつもりですが、
その間も、みなさまからの支援金で、まごころ広場・かけはし広場の飲み物、食材等がまかなえます。

かけはし広場で用いる調味料類、キッチン小物等も買いそろえなければなりません。

ご賛同、本当にありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。

*<お振込先>
岩手銀行 遠野支店 普通口座 2043640
キャンドルライツ基金 代表 梶原敬介*


posted by 芋爺 at 19:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

土俵際

全力で走ったつもりの1週間でした。

子供の運動会の父兄競争でヨタヨタと走る中年親父のように、傍目には今にも転びそうに映っていたのかもしれません。

確かに疲れているのでしょう。

売名目的のNPO団体や自分を殺せないボランティアたちに腹を立てる事が多くなっています。

昨夜は小賢しい小娘の訳知り顔の言葉に腹を立てて、とうとう洗面器から顔を上げてしまいました。

『わかった、ウルセーな。俺はしばらく広場を休む事にするよ。』そんな捨て台詞が出てしまいました。

今日一日休みを取って、明日からは瓦礫処理の部隊の列に並ぼうと思います。

というわけで、大ヶ口かけはし広場の救援おにぎり基地化は、雑音が消えるまで2週間ほど遅れる事になりそうです。

本当は雑音にではなく自分に負けた訳ですが、岩手から逃げ出さなかっただけ、なんとかギリギリ土俵際で踏み留まっているということでお許しください。

許される事じゃないかもしれないけど....。


posted by 芋爺 at 04:03 | Comment(3) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月01日

ご支援ありがとうございます。

2011062913460000.jpg2011063015510000.jpg2011063015510001.jpg2011062715130000.jpg2011063014290000.jpg



イトウ アキラ様
コバヤシ ヨシノリ様
タカハシ カズトモ様

キャンドルライツ基金へのお振込み、ありがとうございます。


まごころ・かけはし両広場でも、冷たい飲み物が爆発的に消費されるような暑さがやってきて、ジュース代もバカにならなくなってきました。

切らさず提供できるのも皆さんのおかげです。感謝です。

かけはし広場では、着々と整備が進んでいます。

まだイベントを招聘できるだけの人の集まりこそありませんが、おとうさんおかあさんたちの建設への意欲的なお気持ちが、毎日僕をハッピーにさせてくださいます。


学ぶ事、心にしみる事の多い毎日です。


 みんなで歩く、遠い道もくたびれない。


今日も頑張ります!!


posted by 芋爺 at 07:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

あの日のまごころ広場 110614 by shu

_DS37917.jpg最初に大槌の街に入ったときの衝撃は大きく、息も止まるという表現そのまま、テレビで見ていた風景とは全く違う圧倒的な圧力を感じました。

それでも、人間の身体とは不思議なもので、数日間滞在しただけで瓦礫の風景にも慣れてしまいます。きっとそのまま受け入れていたら精神が壊れてしまうので、視覚情報の一部を身体が自動的にストップしているのではないかとさえ思います。

しかしその瓦礫の中を一日行き来していると、ただそれだけで肉体的にもかなり披露している事に気づきます。泥かき作業をやった訳でもないのに...
きっと視覚情報のフィルタリングがうまくいっていないのでしょうね。


まごころ広場に立ち寄ると、何か食べるものがあるだけでなく音楽やきれいなお姉様達に会う事ができる。(多分)

それは、瓦礫の中をさまよう人々にとってはオアシスであり、かけがえのないものです。

僕は昨夜岩手県から東京に戻ってきましたが、ここにもまごころ広場が欲しいと思ってしまう程です。

外から来た人間が思う以上に被災者の方々にとっては大事な場所となっている"まごころ広場"、夏がきても冬がきても、ずっとそこにありつづけて欲しい場所です。


*以下は昨日の芋爺の日記から一部再掲載(大事な事なので)

両広場のある大槌町では、在宅避難されている方々(親戚や知人の家に避難されている方々など)への食糧・物資の配給が、明日で打ち切られます。

仮設住宅に入られた方々に対しても、電気製品6点セットを手切れ金代わりに、物資、食糧の配給が終了しました。
行政では無理です。
民間による、おにぎりの炊き出しが必要な段階に引き戻されました。

3食分は無理、1日に味噌おにぎりお一人2個だけかもしれないけれど、お渡しする事ができる、お届けする事ができる基地にしたいと思っています。


posted by 芋爺 at 17:48 | Comment(1) | TrackBack(0) | from imoG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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